伴侶の特権 (お侍 拍手お礼の二十四)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


 ――― 昔はそれほどでもなかったこと。
      きっと、シチが思う存分甘やかしてくれたことで身についたこと。


誰か他人の眸があるところでは、そっぽを向いての知らん顔。
早く御用が終わらぬか、
話の長い奴だなぁ、
野盗どもを捕まえたは依頼されての務め、
礼など一度されればもういい。
もう判ったから早よう去れというに…。
「…。」
そんなこんな思うていても、お顔には欠片も出さぬ徹底ぶりで。
長老どのが長々と、謝辞を述べてるその間、
つんと澄まして通したその果てに。

 「…これ、久蔵。」

やっとのことで邪魔者が去れば、
お預けも解禁で、大好きな勘兵衛に擦り寄れる。
庄屋の屋敷の離れの一室。
胡座をかいている壮年の、雄々しいお膝へ乗り上げの、
鬱陶しい蓬髪ごと抱え込んだ、逞しい首っ玉にしがみつきの、
着痩せして見えるが実は幅のある肩へと顎先を載せのして、
大好きな匂いを堪能し。
深くて広い懐ろへ、ぎゅむとしがみついたその上で、
堅い筋骨へと押しつけるようにして、胸板同士を張り合わせ、
大好きな温みを確かめて。
首条へと頬を寄せたれば、すぐの間近になる耳飾り。
鼻先に当たったのをパクリと咥えたりして、
擽ったそうな微かな抗いの身じろぎが伝わって来るの、
これもやっぱり大好きな応じだと、余さずの総身で感じ取る。

 『前置きなしに人に擦り寄って匂いを嗅ぎに来るな』

日頃の寡黙が過ぎるものだから、
誰からも“何を考えているのだか判らない”と言われていた中で、
単に動物的なだけだという言い方をしていたのは、確か兵庫だったと思う。
彼を相手にばかり、突拍子もないことをしていたからだろうけれど。
今にして思えばそれは、
他の顔触れへそうまで関心を持ったことがなかったから。
どうでもいい手合いへは、
近寄る必要がない存在だから何がどうでもいいのだが、
そうではない対象には、
警戒しなくていい状態であってほしかったから、それで。
様子が違えば探求しもし、
異状が無いかと訊くより先に、パタパタ触って確かめた。

 “…動物的には違いないか。”

けれど、こうやって島田に擦り寄るのはそれとも微妙に違うと思う。
変わりはないかと確かめている点では同じ。
でも、確かめた後もそのままずっと、心地よさに触れたままでいたい。

  ――― 生きている証しを、拾いたいし、触れてたい。

野太くも実直な静謐をたたえて、
いかにも“武骨寡黙で不器用な もののふでございます”と
納まり返っている姿も嘘ではないと知っている。
精悍な男ぶりもそれなりに気に入りではあるが、

 「いかがした?」

これもまた大好きな深みのあるお声での、
眠いのか?と、大人ぶっての訊きようが、
実は子供にだって真似の出来る、通り一遍な言いようだと気づいていない。
ちゃんと実は籠もっているが、
型通りのあまり、取りこぼしの多い“不器用”は否めなくて。
そんな大雑把な鷹揚さ、他の誰ぞに向けられたなら、
洟も引っかけずに無視し通すのだろに。

 「♪♪♪〜♪」

勘兵衛からなれば別物と、読めるし許せると偉そうに。
その実、それはそれは大切そうに。
抱え込んでの慈しむのと同じほど、
誰にもやらぬし触れさせぬと、外へは殊更尖ってる。
そんな自分に、果たして気づいているやらいないやら。

 「久蔵?」

金髪痩躯のうら若き剣豪殿。
聞こえない振りをして、ただ今 鋭気を充電中…。





*  *  *



その姿や所作を、嫋やかで妖冶だなどと思うことが出来るのは、
ある程度の余裕がある身でなければならぬらしい。
裳裾のだだ長く、血を吸わせたように紅い、
随分と傾
(かぶ)いた衣紋をまとっての、
無表情での寡黙なままにて。
うっそりと立っている姿はただただ幽玄で近寄り難く。
眸にも留まらぬ身ごなしはもはや、
彼をして“人ならぬもの”と思うしかないという。

 “そこまで崇められたる存在にしては、
  随分と人懐っこいことではなかろうか。”

人斬りとしての割り切りも、罪科を呑める尋の深さも、
この若さで双方ともに持ち合わせてのなお、
まだまだその身に余裕がたんとあったということか。
孤高の高みから舞い降りて来た胡蝶は、
やはり人斬りの“六花”に捕らわれたそのまんま、
愛らしいまでの無防備を、これでもかと晒してくれるから困りもの。
さすがに照れが出るものか、
人目のないところでと限ってこそいるものの、

 『♪♪♪〜♪』

猫の仔のように擦り寄って来ての、
こちらのお膝へのよじ登り…なんてのは。
傍若無人に振る舞っての、征服達成を満喫する様ごと引っくるめ、
睦みというより 幼子然とした甘えとしか思えぬのだが。

 「…久蔵。」

人を寄せつけぬ孤高の練達、
空の戦さ場では“死神”とまで呼ばれたことも今は昔。
気が済むまで懐いたその揚げ句、
「…。」
懐ろへと収まったまま、人肌の温みに絆されて。
心地よさげに舟を漕ぎ始めるのも常の流れ。
少しばかり頼りない痩躯をより掻い込んで、

 「…眠いのか?」

その耳元にて一応は訊いてから。
「〜〜〜。」
いやいやとかぶりを振るのも、
擽ったいからだろうと解釈しての立ち上がり、

 「寝間へ移すぞ?」

そおと囁く。
「…。」
否やの素振りはなかったのでと、
自分の半分もないのではなかろうかと思えるほど、
羽根のように軽い痩躯を抱えた壮年。

 「…。」

別段、こそこそする必要もないのだが、
ここぞとつい思ってしまうのは。
相手へ一目置いているこれも証しか、それとも

 “嫌がることを無理強いしとうはないしの。”

それが元で嫌われるのはもっと剣呑だしと、結構本気で恐れているから…。
一体どこの純情青年でしょうか、勘兵衛様。
(苦笑)

 「…。」

向こう様から凭れて来ていてのすぐの鼻先。
ほのかに甘い香のする柔らかいものが、何とも無防備に晒されており。
色艶ともにしっとりと瑞々しいのは、
若さとそれから…慈しみの成果というものか。
初見のころはもっと乾いての荒んでいたものが、
手をかけられての愛おしまれて。
それへの呼応か、生の息吹に満ち満ちたその末に、
こんな風に艶やかにも変わったのだという、その過程をも知っているだけに。

 “…勝手についばんでも良いものか。”

らしくもない躊躇を抱だくのも…ほんの刹那だけ。
摘み荒らしまでするでなし、触れるだけなら構わぬかと、

  ――― そおと、頬寄せ、鼻先を埋める。

ほのかに香るは、甘い椿の香油の匂い。
彼のようなもふもふとした質感のする髪には、なかなか縁がなかったせいだろか、
大人げなくもついついと、
触れたくて触れたくてしようがなくなる勘兵衛であるらしく。
もともとの質も悪くはなかったらしいその上へ、
神無村で七郎次から伝授された手入れをそのまま続けているがため。
今やその柔らかさときたら、

 “天世界の慶雲の感触にも勝
(まさ)ろうて。”

それほどまでの素晴らしさ、
自分だけが独占出来るそれなのだという条件づけもまた、
男心を巧みにくすぐる、格別な“花蜜”であったりし。
壊れ物のように大切に、だが、
愛惜しくてたまらぬ情の元にしっかりと。
その雄々しき腕
(かいな)へ、
掬い上げての抱きすくめた痩躯ともろとも、
堪能することに余念のない、壮年様だったりするのである。






  〜 どさくさ・どっとはらい 〜  07.5.18.


  *『早朝一景』その二、なんつって。(苦笑)
   お互いにお互いが大好きで、
   ここまでの相手だからこそ“ま・いっか”と、
   甘えてもいいよと、相手へも自分にも許しているのだと。
   そんな言い訳をしながらという不器用なところがまた、
   何とも かあいらしい方々だったり致します。

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